古典力学が確立されてから400年近く経った今でもこの世界は不思議なことで満ちています。

わからないことであふれています。

そうした謎に対して子供が「なぜ?」と思うような純真な心で解き明かしていくのが物理学の真の姿です。

物理学には、謎を解き明かす面白さだけではない、たくさんの魅力と学ぶべき理由があります。

その中でも最たる理由は、物理学というのは科学のお手本だからです。

現代社会は科学技術に大きく依存しており、科学技術の発達は学問としての科学の応用であります。

そして、科学の多くはその考え方や方法論において、多少なりとも物理学の影響を受けています。

それは近現代の科学の考え方の多くが物理学で作られたからなのです。

その顕著なものは還元主義です。

すなわち、ごく少数の法則が多くの事象を矛盾なく説明することができるし、そのような法則が世の中にあるはずだという考え方です。

そしてそのような法則が見出されると、あらゆる実験事実に照らして執拗にその正しさを検証します。

そしてその法則に合わない「例外」を見つけた場合、その例外をきちんと説明することができ、なおかつもとの法則とも矛盾しないような、より包括的な法則を探し続けます。

それが物理学の歴史です。

物理学の還元主義の特徴として、法則は数学的に矛盾なく表現できるという考え方があります。

これはガリレオに始まり、ケプラーやニュートンによって発展・強化され、量子力学や相対性理論によって決定的になった考え方です。

人間の想像力が及ばない法則であっても数学の整合性は崩れないだろうと、数学の力を信じるのです。

物理学の還元主義のもうひとつの特徴は、「オッカムの剃刀」という考え方です。

ものごとを説明する基本法則として2つの候補があったとき、それらが同程度に有効であるなら、より単純なほうが正しいという考え方です。

これは必ずしも常に正しい考え方とは限りませんが、物理学(と多くの科学)は「無矛盾さ」の次に「シンプルさ」を求める傾向にあるということは理解すべきです。

ニュートン力学の成功によって物理学の還元主義的な考え方の美しさと強力さを人類は知ってしまいました。

高校物理でまず古典力学をやるのは、こういった美しい理論体系を学び、科学とは如何なるものなのかを知るためでもあります。

それを学ぶには、自分の頭で丁寧に批判的に考えながら、こつこつと地道に積み上げて勉強しなければなりません。

でも逆に言えばそういう努力をすれば誰でも理解できますし、そうすれば、他の学問もどのように学べばよいかわかるはずです。

このように物理学は、科学・工学のお手本・土台たる学問なのです。

しかし、近年、高校で物理学を履修する人は減少しています。

文科省のデータでは、物理の履修者割合はなんと普通科高校生の3割にも満たないようです。

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/__icsFiles/afieldfile/2019/05/23/1416449-2.3-2_2.pdf

この状況というのは、科学技術先進国としては大問題のはず(そもそも、理系と文系の比が3:7というのも問題ではある)です。

何故こんなに物理学は避けられているのでしょうか?

これの原因の一つとして、数式がたくさん出てくるため、「難しそう…」という先入観を持ってしまうことが挙げられます。

確かに、物理学はとにもかくにも数学で語られます。

それはなぜか。

物理現象は、人間の直感通りなこともありますが、ときに非常に抽象的で難解になったり、直感と反することもあります。

ところが、どういうことになっているのか想像もつかないけど、数学を使って方程式を解いてみれば現実の現象に定量的にぴったり合致する。

そこで物理学の「定量的な還元主義」は、自然現象を人間の直感のレベルだけで理解しようとしてはならないことを我々に教えてくれます。

複雑や直観に反するようなものも含めて、現象を正確に記述したり理解するためには、数学が必要になるということなのです。

そして、数式によって出てきた結果は現象そのものを表しているのですから、そういったことを、数式と睨めっこしながら実感をもって見ていくことです。

現象というのはこのようにして徐々に徐々に理解していくものです。

最初からパッと結果が見えればそれが良いに越したことはありませんが、そんな人はまずいません。

ただ、出てきた結果というのを上記のようによく考察していく事で段々とわかってくるものです。

こういったことを繰り返していくことで最初から現象や状況が読み取れる人が出来上がっていくわけです。

なので、「全然読み取れません。どうしよう」「才能がない…」などと思う必要は全く無いのですが、学生さんからするとどうしても腰が引けてしまうようですね。

しかし、数学の教材としても物理学は優れています。

前述の通り、物理学は現象を語る言語として数学を用います。

逆に言えば物理学は数学の良い応用例です。

抽象的な数学もその多くは物理学的な応用例を持っています。

抽象的な学問を学ぶときのよい方法は具体例を考えることですから、数学を学ぶときに、物理学をいっしょに学ぶのはほんとうに効率が良いのです。

それはそれは信じられないくらいに良い。

仮に自分は物理学には興味はないが数学には興味があるという人も、だまされたと思って物理学を学んでください。

例えば微分積分について数学で学ぶとき、多くの学生が「こんなものは何の役に立つのだろう」と言いますが、物理学を学んでみれば、微分積分の有用さを痛感するでしょう(何故なら、微積という概念は、ニュートンが力学的現象を数学的に説明するために作ったものだからです。したがって、本来微積と物理を切り離して考える方が寧ろナンセンスなのです)。

また、物理学を学ぶと、モデル化の訓練ができます。

その昔、古代ギリシャのアリストテレスは「重い物体ほど速く落下する」と主張していました。

確かにコインと木の葉を同じ高さから落とすとコインのほうが木の葉よりも先に地面に着きます。

しかし、それは木の葉のほうが大きな空気抵抗を受けるからであり、真空では質量にかかわらず物体が落下する速度は一定です。

このことを最初に主張したのはガリレオ・ガリレイでした。

真空というものを作り得なかった時代に空気抵抗を削ぎ落とし、落下の本質を捉えたガリレオの慧眼はさすがです。

このように物事の本質を捉えるためには、複雑な現象から余計な情報を削ぎ落とす作業が必要です。

これを「モデル化」と言います。

現実社会の様々なデータを解析するためにはモデル化のスキルが不可欠であり、これができなければ、自然科学はもちろん文系の社会学、経済学などでも困ることになります。

モデル化の技術は必須なのです。

物理学というのは、物理現象を数式で語っていくことですから、物理学を学ぶことはモデル化のスキルを磨くことに他なりません。

物理学を通じてものごとの本質を学ぶ方法を身につけられるのです。

物理学の内容自体も勿論面白いのですが、極論すれば、内容そのものは将来的に必要ないという方も多いでしょう。

そういう方は、学んでから10年後にはすっかり忘れてしまってもあまり支障はないと思います。

しかし、このように科学の土台となっている考え方や理論体系を学び、ものごとの本質を学ぶ方法を身につけることは、人生の宝であり社会や自己の礎を構築することにも繋がると言ってもよいのではないでしょうか。

というわけで、高校生の皆さんが理科科目で何を取ろうか迷っているならば、僕は物理を学ぶことをお勧めします。

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小野桂史
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